Tagajo Relief Trip
炊き出し準備の時間まで近所を歩く。仙台塩釜港につながる砂押川。穏やかに流れる川面を見つめながら通りがかったおじさんの話を聞く。あの日、遡上した津波で決壊したところもあり、この2キロ先の海に近い辺りは被害も大きかったそうだ。これから帰る家の中は、手の付けようのないほどめちゃめちゃだという。
先発のシェフを含む4人が合流し、文化センターに避難されている400名の夕食を準備する。ハンバーグ+ライス+ポテトサラダ+ミニトマト+フルーツ+豚汁のメニュー。こちらでの炊き出しは前もって連絡し、ボランティア同士が重複しないようになっている。キッチン道具、食材など全て持ち込み側が用意し、終わったらゴミまで全て持ち去ることになっている。
配膳に興味を持った女の子がいたので豚汁を渡す係に任命した。
ここで暮らしている方達には三度の食事が用意されているが、朝昼は大抵おにぎりや仕出し弁当で、湯気の立つ食事は本当に嬉しい!と喜んでもらえた。最後に各県から派遣されてきた職員の皆さん、そして我々も夕食。まだ残っているので「お変わりどうぞ」の館内放送をお願いする。
あれから2ヶ月半、季節は春から夏へ…。作業現場で見た家々のように、一見何事もなく見えても、実はその内部では未だ整理もつかず途方に暮れた状態が続いているのではないかと思う。それは被災された方々の心の中もまた同じであろうと察する。
SIGMA DP1x
Tagajo Relief Trip
震災後、私の勤める学校では様々なサポートを行ってきた。
http://community.asij.ac.jp/page.aspx?pid=2063
現地へ何度も出かけたが、六月に学年度末を迎えるため今期最後のチームが組まれ私もそれに加わった。目的地は宮城県多賀城市。バスのドライバーさん二人に学校スタッフ、生徒、父兄の20名は早朝4時に調布を出発、10時前に市役所内に設置されたボランティアセンターに到着した。
このボランティアセンター(http://msv3151.c-bosai.jp/group.php?gid=10111)では、「働きたい人」を「手伝って欲しい」ところに送り込むシステムがスムースに機能している。手続きしてネームタッグを貼り、腕章を巻いた後二階で順番を待つ。市民からのリクエストが記入されたファイルから作業に見合った人数が集められ、道具を借りてマイクロバスなどで次々現場へ出かけていく。連休中はボランティア希望者が殺到し、あちこちで断られたそうだが、「こちらではすべての方たちを受け入れました!」とこれまたボランティアの方が話してくれた。もちろん最初からそうではなかったが、自分たちでシステム化していったようだ。作業具、長靴、マスク、ゴーグルなど全て用意されていて、疲れた人はマッサージも受けられる。とにかくみんな明るく前向きである。「よろしくお願いします。いってらっしゃい!」「お疲れさまでした!」と初めて会う人たちが挨拶を交わす。
我々18名は、全員で津波以後排水溝に溜まってしまった土砂を取り除く作業をお願いされた。
到着した処は一見何の被害も受けなかったように見える郊外の町。すでに二ヶ月以上が経っているので片づけも進み、あちこちから大工仕事の音がする。町の方にお会いして、これからの作業についてお話を交わす。それぞれの家の中を見て気がついた。どこも一階が浸水していて、二階で生活を続けていた。「ほらここまで津波が来たんですよ」と指さす2mあたりに水の跡が残っていた。大工が足りなくて、自分で床を張るおじいさんは「このあたりの家は地震では倒れなかった。津波が来る!と言うので私らは二階へ上がって助かったんだけど、高台に避難して!と言うので、外へ出た人が途中で波にさらわれた…」と複雑な思いを語る。
重い敷石を上げ、積った土砂をスコップでかき出す。土のう袋に詰めては一時集積場に積み上げる作業が黙々と続く。暖かい季節になり、悪臭も一段と強く水を含んだ土砂は重い。帰宅した男性が三人作業に加わり、ランチタイムにはミネラルウォーターが差し入れられた。小休止の時間に辺りを歩くと津波の爪痕があちこちに残っていた。
着いた時に吠えまくっていた犬が静かになり、我々の行動を眺めていた。近づくとちょっと尾を振る。受け入れてくれた様なので、手の甲を下からそっと差し出すと匂いを嗅いでペロッと舐める。後ろでご主人が「モコはあの日誰も居ないところで津波に遭ったんですよ。帰宅してみるとチェーンだけが残っていた。ところが数日経って少し離れたところで保護されてたんですよ。運良く首輪をつなぐ留め金が外れたんですねえ。こいつは大津波の経験犬なんですよ」
三時半、作業が終わり帰る。この後夕飯の炊き出しをすることになっている。
Alumni Council Spring Dinner
ルーテル協会の側、ということでうろうろしていると夕闇に光る十字架を見つける。
懐かしい顔、名前は思い出すが顔が思い出せない人…
「このところ忙しくどうしても伺えなくてすいません」と
S社のKazのメッセージを友達からいただく。
今年定年を迎えるにあたり短いスピーチ。
35年前、仕事の初日がなんとSenior prank dayで、卒業生が悪戯する日だった。
図書館の中央に椅子がピラミッド状に天井まで積まれていて、それを片付けるのが初仕事だった。
英語が不得意な私をみかねてボスが4人の日本人生徒を助手に付けてくれた。
Ken, Satoki, Kaz & Jon Kabira そんな思い出話をちょっと話す。
孫来る
連休に孫が来た。ちょっと会わない間に喋る言葉が増え、大人の会話を聞いては何度も繰り返す。笑ったのは「ヤバイねえ」で、自分が気に入ったものに出会ったときに使ったりして、今どきの女の子と一緒だ。
絵は、丸やら点々だけのなぶり描きだが、この絵の下に横たわっているのはワニだそうです。