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Nepal 1982

ネパールでの地震のニュースが伝えられるたびに、被害の深刻さが増している。
今から33年前の1982年、私の初めての海外旅行先がインド・ネパールだった。インドでは暑さと旅の疲れで体調をくずしたが、カトマンズに入ったとたん元気になった。ポカラへは、機内で耳に詰めるべく綿と、何に効くのかクミンの粒を渡され、牛が横断する山間の飛行場にヨタヨタと着陸した。数泊後、帰りはバスに長時間揺られカトマンズへ戻ってきた。街の暗さがなぜか心地よく、夜、停電になると、どの店でもつかさず蝋燭が灯り、何事も無かったように商売が続けられていた。当時の街は、日干し煉瓦を積み重ねて建てられたものが多く、そういった古い家の被害が大きかったのだろう。
わずかではあるがunisefの「ネパール大地震緊急募金」に寄付をした。
野口健さんのNPO/PEAK+AIDにも寄付。山奥の村からのレポートもある。

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Akira

82年の頃の町並みは、いかにも、崩れ易そうで、これを復活させるのは難しいでしょうね。この、ごちゃごちゃ感と安全が両立するには、どうした良いのか? 牛が、平気で歩いている街路もいいですね。
by Akira (2015-05-01 13:17) 

spoonful

耐震構造の建物になったら街もすっかり変わってしまうでしょう。難しいところですね。
カトマンズから離れた山間の村には、まだまだ煉瓦造りの家が多いようで、救助の手も届かず心配です。
by spoonful (2015-05-01 15:11) 

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